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「陶芸家武内晴二郎ー眼で作った仕事」展

大阪日本民芸館で開催されている「陶芸家武内晴二郎ー眼で作った仕事」展
に行ってきました。
大阪日本民芸館は千里の万博記念公園の中にあります。
早朝の新幹線に乗り新大阪へ、新大阪からモノレールに乗り換えて万博記念公園駅で降りると
すぐに太陽の塔が出迎えてくれます。
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           太陽の塔様 初めてお目にかかります。
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           これは太陽の塔の裏側です。裏側のほうが素敵。

人影まばらな公園内をひたすら奥へ奥へと歩いて行き、途中道に迷い、
自転車で園内を回っている道案内の職員の方に聞いて、やっと大阪日本民芸館に到着。
武内晴二郎の作品に会いたい一心で来たけれど、
埼玉から大阪千里まで実に遠い遠い道のりでしたよ。

武内晴二郎が39歳で初窯を出してから57歳で亡くなるまでの沢山の作品と書簡類が展示されていて、これほどの規模の展覧会は二度とないかもしれないのではるばるやって来たのですが、
それにしても遠かったなあ!

私が武内晴二郎を知ったのは11年前です。
季刊銀花126号でイギリスの古陶スリップウエアとともに日本のスリップウエア作家として武内晴二郎と柴田雅章が紹介されていました。
その中で武内晴二郎の一つの作品に心を奪われました。

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それがこの作品です。スリップウエアは異なる化粧土で模様を描いたものですが、
この作品は化粧土が作りだす模様の有様が尋常ではないのです。
線と線がせめぎあっています。凄みがあります。この凄みが好きでした。
当時の私の周囲の友人たちの中に武内晴二郎を良いと言う人は少なくて、
「武内晴二郎の作品より柴田雅章の作品のほうがいいよ。武内の作品が良いという貴女はおかしい。」とまで言われてしまい、
「私はなぜ武内晴二郎の作品がすきなんだろう」とずっと気になっていました。
そして今回はるばる大阪までやって来てわかった事がありました。

ヒントは大原総一郎が武内晴二郎の初個展に寄せた言葉の中にありました。
「・・・どの作品にもそれぞれの中に完全を目指す意慾と未完成にあえぐ要素とが混じりあっている。・・・。」

これだと思いました。、私は武内晴二郎の「未完成に喘ぐ」心に共鳴したのだ、と思いました。
当時の私は多分いろいろな事に喘いでいたのだと思います。

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                喘(あえぐ)


自分の心が喘いでいたから武内の作品の喘ぎと凄みに心を癒されていた
のだと思いました。

そして今急に東日本代震災で被災し避難している人たちの事を考えてしまいました。
あの人たちの前では生半可な優しさや中途半端な藝術は通用しないだろうなと思いました。
まして今私がやっている中途半端な「書」は全く通用しないだろうと思いました。

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                   丹波焼の湯呑


民芸館の売店で丹波清水俊彦氏の湯のみ1個を買い、さっそくホテルで使いました。

無機質なホテルの部屋で飲むたいして美味しくないお茶もこの湯のみで飲むと美味しく感じたから不思議です。
生田和孝さんがつくるものに似ているなあと思って買いましたが、
湯のみと共に入っていた略歴を見ると、なんと生田窯で13年間も修行した方でした。
この湯のみは見た目よりずっと軽いのです。
家にある生田さんののみより軽かったので、時代にあわせて薄く軽くしているのかなあと思いました。
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by keiuyoko | 2012-07-13 23:00 | 日々の書 | Trackback | Comments(0)
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